
アン・ペッシェ - ランドスケープ横断
15年間にわたり、アーティストであるアン・ペッシェ氏は毎日同じ儀式を続けています。どのような天候であれ、まだ夜が明けない朝6時前の暗がりの中アパートを出て、ヴァンス峠のクライムを行うのです。「このエクササイズは長年の習慣です。もはや自動運転のようなもの。」と彼女は言い、毎日欠かさず続けています。
フラットな部分で軽いウォームアップをした後、付近のサイクリストたちにはよく知られている水源であるFontaine de la Fouxを通り、650メートルのクライムを始めます。
ヴァンス峠は標高963メートル、長さは10キロ弱、部分的に勾配9%のルート。木が少なく日陰のないクライムであるため、現地の人々は夏季のクライムを避ける傾向があります。ペッシェ氏がライドをする早朝にはニースからアンティーブの素晴らしい景色が広がり、ニース周辺の神秘的なルートを通ることができます。




頑強な決意と共に、なぜ毎日同じエクササイズを続けるのでしょうか?ペッシェ氏の仕事とキャリアを理解することで、決意の固さが分かるかもしれません。セザンヌが父親なのよ、と彼女は謙虚に語ります。絵を描くことができるのなら、ピカソも全ての人々の父親であると言えるのでしょう。

ポール・セザンヌと血縁関係はありませんが、彼の絵画へのアプローチはペッシェ氏の深いインスピレーション源。エクス=アン=プロヴァンス出身の後期印象派アーティストのように、彼女も儀式のようにヴァンス峠を毎日訪れるのかもしれません。セザンヌは一人でサント・ヴィクトワール山へ毎日通い、彼を魅了し続ける山々の凹凸を表現する方法を模索しました。
毎日山を訪れることで筆のタッチに活力を得て、空気に色を与え、トーンに合わせた深みを表し、サント・ヴィクトワール山の真の色合いを表現することができたのです。
「私は光とその変化を観察するのが好きですが、寒さと雨を肌で感じるのも好きなのです」




それまで知ることのなかったディテールやカラーを吸収すること、これがアン・ペッシェ氏の絵画の基本。スロープやロードでライドしている時には既にスタジオに入っているのです。既に創作は始まり、感動や感覚を吸収し、キャンバスに落とし込む。彼女は自身の作品を「ランドスケープ横断」と評します。世界を捉える感覚は人それぞれであり、同じ対象から同じことを感じることはないのです。個々の体験は想像以上にパワフルであり、アイスランドから南極、ニューヨーク、ヴァンス峠のスロープまで全ての旅を感じ取る必要があると彼女は語ります。

鋭い観察眼と場所に関する系統的な検討方法により、、日が昇ると同時にレッド、イエロー、ブルーの3色で表現を始めます。日の出と同じ3色。
「早朝に出発する時、サン=ジャネのある東を向きます。全てが深い青に染まり、その深みによって黒に見えるのです。
南西に向かい始めると、少しずつ赤い空が緑の植物を照らし、岩の白いミネラルが黄色に変化し始め、紺碧の青が出てくるのです。冬の朝7時にヴァンス峠山頂に着くと、海面の色は想像を絶するような素晴らしさです。毎年見ても分からないレベルでニュアンスが変わりますが、確実に変わっているのがわかります」




これらの魅惑的な色や光の魅力に多くの芸術家がコートダジュールに引き寄せられました。アンは一人で延々と観察し、体験し、吸収します。そして標高数百メートルの下降を始めます。






「ヴァンス峠はベートーヴェンのピアノソナタ第32番。穏やかに始まり、ルートをクライム、そして素晴らしいフルスピードの下降。そして山の麓に戻る」
ヴァンスの街に戻った時の現実との差には愕然とします。数秒後には山頂での孤独は活動的モードへと変わり、オールドタウンへ行ってバックポケットからバッグを取り出し購入したパンを入れ、愛してやまない魚屋で新鮮な魚を購入。グリルを運営するピエールとコーヒー休憩。毎日のように顔を出す彼女を知らない人はいません。
ヴァンス峠は厳しく、麓に住む住民でさえ徒歩で登ったことがない人が多くいます。
静けさの漂うスタジオに戻り、キャンバスに赤い円形を繊細な手つきで描きます。カラー、印象、天候の厳しさ、柔らかさ全ての感覚が蘇ります。筆先は動きと体験を表現し、ランドスケープを横断するのです。

ピエール・レオポール
ピエールは、遺伝の基本的なメカニズムを研究するのに使われる小型のショウジョウバエ専門家です。研究室を出ると、彼にとってサイクリングは欠かせない活動。ライドと研究の絶妙な相互作用について語ります。